うつと大学院生の日々のこと

大学院生です。最近うつになったみたい。整理と備忘録として書いてます。

葉桜と魔笛


今日大好きな先生のところに久しぶりに行った。


真剣に私の話を聞いてくれて、それでいて嫌味には感じない程度に茶化してくれて、思いやってくれて


先生が優しく寄り添ってくれたこと

優しく頭を触ってくれたこと

一生忘れない



それとTAのことで悩んだので

こっちに帰ってきてから初めて実家に電話


こういうことになってから

お父さんが前よりも好きになった


お父さんが少しおかしなことを言って

それがなんだか幸せで笑いながら泣けた


お母さんも前に私がほしいと言った服を今日探しに行ってくれたらしい


何度も往復したけど見つからなかったって


丁度今日私その服買ったからすごい偶然


新しい服着て、新しい靴履いて

頑張る力にするのです



支えてもらっていることを実感した一日


明日はまた落ち込んで、やる気をなくしてるかもしれないけれど


今日の嬉しさは長続きしないかもしれないけれど


現に今も、先輩や同期はわけわかんないやつって呆れてるかも、とか、弱音ばっか吐いてずるいやつって思ってるかも、とかそんなくだらないことを考えてる


被害妄想や卑屈な考えはなかなか治らない


けれど、今日は今日で、これでいい


そう思うことにする



トトロ

これから自分が生きていくビジョンが見えない。


こんな状態はいつまで続くんだろう。


死にたいな。

逃げたい。消えたい。


今回の睡眠薬はいまいち効いてない気がする。

布団に入っても、色んな悩みが次から次へとわきでてくる。加えて、前に見た嫌な夢のこと思い出して、また嫌な夢見ることになるんかのうなんて不安になって

いつからわたしは眠り方を忘れてしまったのだろう。


実家に帰りたい

子供の頃に帰りたい

自分の原点に帰りたい



ため息

ため息つかれるの怖い。

ため息つかれた時のことが頭をぐるぐる。


食欲が湧かない。

胸が詰まって気持ち悪い。

空えづきが止まらない。


なにもかもどうしたらいいのかわからない。


足が踏み出せない。

骨片


三浦しをんの短編。


「明日からは餡をこねるのです」という台詞、それに対する先生の返しが好き。



でも、どこが好きなのか、どう好きなのか、言葉にしてみようとすると、途端にわからなくなる。

私の「好き」は、すごく浅くて、曖昧な言い方に甘んじていて、それ以上考えようとしていないなと思う。



考えることが大事と大好きな先生が言った。

考える。考える。

私は自分がどうしたいのかわからなくて、そこで考えるのをやめてしまったり、他人に考えることを任せるところがある。考えるのは苦しくて、逃げたくなる。

それでも、人生って、毎日考えることの連続で、こんなに考えなければいけないことがあるのか、と驚いてしまう。


最近は考えよう、考えようとしても、頭がショートしてしまったみたいに、動かなくなることが多い。





ネットや雑誌でふとした拍子に、似た顔の人を見ると息がつまる。目を逸らしてしまう。



その人のこと、嫌いになりたいわけではない。むしろその人が言っていることは正論で、私が考えなしで、不勉強で、頑張っていないだけ。



なのに、これまで言われた言葉やその時の態度、語勢なんかが蘇って苦しくなる。



そんな自分に気づくと、情けなくて、なんて駄目なやつなんだと、甘ったれるなと、そんな気持ちになる。あまり自分を追い詰めない方がいいとはわかっているけれど、でも駄目なのは自分だという考え方が消えない。苦しいなあ。遠回りしてるなあ。




前に書いた記事を遡ってみると、文章がおかしかったり、内容にまとまりがなかったり、かなりひどい。備忘録はともかくとして、整理にはなっていない。けれど、いい。これでいい。



ラベンダー色の新しい靴をおろした。明日はこれを履いて、外に行きたい。